「AIR」をテーマにしたdoubletの2026年秋冬コレクション。
その中には、原料の一部に二酸化炭素を用いた樹脂由来の糸から生まれた服がある。doubletでは、その糸を「空気の糸」と呼んでいる。
その糸を使った服が、ついに発売になる。
この素材を知るきっかけは、モリトアパレルの船崎さんと、漁網リサイクルの話を聞くために銚子港へ向かっていた車の中だった。
「天然ガスから糸が作れるのって知っています?」という何気ない一言を聞き、まだ見たことも触ったこともない素材から、新しい服が生まれる可能性を感じた。
その後、船崎さんを通して株式会社プレジールを紹介してもらい、そこで実際に出会ったのが、二酸化炭素を用いた樹脂由来の「空気の糸」だった。
けれど、「空気から糸を作った」と言われても、すぐに理解できる人は少ないと思う。何より、実際にその素材を使ってコレクションを作った私自身、説明しようとすると頭から煙が出てきそうになる。
そこで、この聞き慣れない「空気の糸」のことを少しでも伝わりやすい言葉で届けるために、開発者である株式会社プレジールの梅村俊和会長と城口聡子社長に、改めて話を聞きに行ってきた。私自身が聞いて、私自身が伝えることに意味があると考えたからだ。
梅村会長は、これまでを振り返るように、研究に没頭した会社員時代から、プレジールが今に至るまでの経緯をユーモアも交えながら話してくれた。次から次へと言葉が溢れ出てくる。
私は、考えてきた質問を差し込むタイミングを見計らいながら、一瞬の隙間を狙って渾身の質問をぶつけてみた。
“くうきの糸”ってなあに?


私はまず、2人に素直な気持ちを伝えた。
「この空気の糸の説明をすると、頭から煙が出てきそうになるんです。例えば、五歳の子どもに理解してもらうには、どう伝えますか?」
そう聞くと、答えはすぐに返ってきた。
「ドライアイスって知っているでしょ? あの冷たいドライアイスを、繊維にできるんだよ」
なるほど。空気は目に見えない。けれど、空気中にも存在する二酸化炭素は、ドライアイスになると目に見える。目に見える固体なら、それを極細の形にしていくことで、糸になる――デザイナーの私には想像することができた。
では、中学生に伝えるならどう説明すればいいのか。
「二酸化炭素と水素を持ってきて、フライパンに入れて温めると、メタノールというアルコールになる。それをもとに樹脂を作って、細く伸ばして繊維にしていく、と説明すると伝わりやすいかな」
もちろん、実際にはフライパンで簡単に作れるものではない。それでも、
二酸化炭素と水素からメタノールを作る。
それをもとにPOM(ポリアセタール)と呼ばれる樹脂を合成する。
その樹脂を細く伸ばし、繊維にする。
この一連の流れが見えてくると、私の頭から出ていた煙も、少しずつ消火され始めた。
「化学者から化学者に説明するのは簡単なんですけどね」と梅村会長。
難しい技術を開発することと、それを専門知識のない人に伝えることは、また別の難しさがある。その難しさと向き合うためにも、ここに来てよかったと感じた。
変わり者と言われたガリレオ

左から梅村俊和会長、城口聡子社長、梅村隆雄部長
時代は1970年代。
三菱ガス化学で天然ガスの研究を始めた梅村会長は、メタノールを原料として、POM(ポリアセタール)と呼ばれる樹脂を作る研究に没頭した。当時、メタノールは天然ガスから作られていたが、近年、天然ガスではなく二酸化炭素からメタノールを作ることができるようになった。
空気の糸も、二酸化炭素を原料の一部としてPOM樹脂を作り、その樹脂を繊維化している。当時の梅村会長はまだ知る由もなかったが、この研究が、後に空気の糸へとつながる出発点になった。
数年にわたる研究開発の末、梅村会長は、メタノールからPOM樹脂を作る独自の合成プロセスを生み出した。
梅村会長の娘でもある城口社長は、当時の父親についてこう振り返る。
「仕事のことしか考えていないんですよ。食事のときも、こぼれた味噌汁を指でなぞって、食卓に設計を書いていたり。母親も、そこまでやるんだったら家のことはいいから仕事をしてくださいって、呆れていて」
こぼれた味噌汁を見て、そこに何かを書きながら設計を考える姿。福山雅治さんが演じるドラマ『ガリレオ』で、事件を解決するときに、どこにでも数式を書き始めるシーンが頭に浮かんだ。
きっとこの人は、自分の時間のすべてを研究に注いでいたのだと思う。
それを今、懐かしい思い出として笑い合っている親子を見た。当時、家族がどのように感じていたのかは分からない。それでも、梅村会長がそこまで研究に打ち込める環境を作ってくれたのも、家族だったのだろう。妙に納得した気分だった。
それにしても、自分のすべてを、人生を、研究や仕事に注ぎ込めるのだろうか。
その時間の中には、きっと数百、数千の失敗があったはずだ。それでも、どうして諦めずに続けることができたのか。
そう思って質問してみると、返ってきた答えは、「反骨心」だった。
理由ある反抗

当時、POM樹脂を作る方法は、すでにアメリカの企業などによって確立されていた。そこから15年ほど遅れて研究を始めた梅村会長が、後発として勝つためには、同じ方法をなぞるのではなく、もっと合理的な製造方法を見つける必要があった。
梅村会長は、それまでとは異なる独自の方法で開発しようと考えた。
しかし、会社から受けた指示は、「そのやり方ではできない。まずは確立されている方法でやりなさい。その後に独自の開発をすればいいじゃないか」というものだった。
「できない」
その言葉を聞いたことで、梅村会長の中に反骨心が生まれた。「できない」と言われると、「やってやろう」と火がついたのだ。
就業時間中は会社から指示された方法で実験をする。そして、その仕事が終わってから夜中まで、自分が信じた独自の方法で実験を続ける。
二つの研究を同時に進めるようなハードワークを、一年間続けた。
そして一年後、両方の方法で実験結果を出すと、梅村会長の独自の方法は、会社から指示された方法を大きく上回った。
その数年後には、独自の方法によるPOM樹脂の合成と量産化が進み、韓国、中国、タイなどでも大量生産され、大きな利益を生んでいくことになった。
「できない」と言われた方法が、会社に利益をもたらす技術になった。
できない研究をしていた人
しかし、物語はそこで終わらなかった。
梅村会長が開発した技術の特許が切れ、時代が進むにつれて、2000年代には多くの国がPOM樹脂の製造に乗り出した。生産量が増え、価格競争も激しくなっていく。
そこで新しい市場を生み出すために、梅村会長はPOMの繊維化を考えた。けれど、三菱ガス化学は繊維の会社ではない。社内では「そんなことはやめておけ」という声が強かった。
それでも、当時常務を務めていた梅村会長は、繊維化の研究を推し進めた。
POM樹脂の繊維化は、それまでにも海外企業や旭化成などが研究を進めていたが、実用化にはたどり着いていなかった。
しかも梅村会長にとって、繊維の研究は初めてだった。
そこから、10年にわたる研究が始まった。
けれど、会社員として残された時間の中で、完全に繊維化させることはできなかった。
それまで「できない」と言われたことを覆してきた人が、今度は、「できない研究をしていた人」として、三菱ガス化学の定年を迎えることになった。
そのとき梅村会長が感じたのは、「やっぱりできなかったでしょう」という社内から空気だった。
けれど、できないと言われるほど燃える研究者は、定年したからといって研究をやめる人ではなかった。
「じゃあ、まだまだ見ていろ。俺は一人でもやってやる」と、その炎がさらに燃え上がっていた。
定年退職後に自ら会社を立ち上げ、POM繊維の研究を続けた。
かつて、仕事のことしか考えていないと呆れていた家族も、今度は一人で奮闘する梅村会長を応援した。さらに京都工芸繊維大学の協力を得て、多くの人に支えられながら、繊維化の研究は続いていった。
みんなが「できない」と思っている空気を、「できた」に変えるために。
空気を変えた瞬間
すると、長く続けてきた研究に、思いがけない形で時代が追いついてきた。
天然ガスからPOM樹脂を作り出す技術を持っていた三菱ガス化学が、今度は二酸化炭素を回収し、それを原料の一部としてPOM樹脂を作る研究を進めていた。
原料への入り口は違っていても、でき上がるのは同じPOM樹脂である。
三菱ガス化学でPOMの繊維化研究を始めてから20年。
ついに、二酸化炭素を原料の一部として作られたPOM樹脂の繊維化にたどり着いた。
周囲の「できない」という空気を変えるだけではなく、その空気さえも繊維にしてしまうような、「空気の糸」が誕生した。


1%の未来
梅村会長は、空気の糸が広がる未来についてどう考えているのだろうか。
「今、世界では1億トンの化学繊維が作られています。例えば、ポリエステルを1トン作るのに2.8トンの二酸化炭素を排出している。だから僕は、ポリアセタール繊維を1億トン作ってやろうと思っているわけです。そういうことを言うと、みんなアホやって言うんですけどね」

そう笑いながら話した。しかし、こうも続けた。
「まあ、実際に1億トンは無理としても、1%は変えたい。1%なので、100万トンですね」
100万トンだって、今の常識から見れば、十分に「できない」と言われる側の数字だと思う。
けれど、できないと言われるたびに、それをできるへと変えてきた人の言葉だから、ただの大きな夢には聞こえなかった。
できないと言われることを、「できる」に変えてきた梅村会長。
周囲の「できない」という空気を変え、最後には空気そのものを糸にしてしまった。
ラグジュアリーの価値観
世界には、たくさんの素材や糸がある。
では、“ラグジュアリー”と呼ばれる素材とは何だろう。
シルクなのか。カシミヤなのか。高価で希少で、限られた人だけが持てるものなのか。
私は、素材の価値は、原料そのものの希少性だけでは決まらないと思っている。
そこに費やされた時間や技術。何度失敗しても続けてきた人の執念。誰もできないと思っていたことを、できるに変えた人の人生。
それらもすべて、素材の一部だ。
梅村会長が異常なほどの時間を費やし、「できない」と思われていたことを「できる」に変えて生まれた空気の糸は、doubletにとって、これ以上ないほどラグジュアリーな素材だ。
だから私は、この糸を未来的なデザインにするのではなく、古着屋で見つけられるような、日常に馴染む服にしたかった。
私は、この素材に出会い、この糸から編み上がった生地を初めて見たときの感動を、今でも忘れない。
これが空気からできているんだ。今、空気に触れているんだ、と。
これまで、たくさんの生地に触れてきた。それでも、一見何の変哲もない真っ白な生地から感じた未来は、どの素材とも違っていた。未来は、もうすぐ近くまで来ているのかもしれない。

「空気の糸」で編まれたフリース。
糸が生地になるまでの物語は、次の話へ。

