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 辞めた会社と、もう一度。 

 
 

By Wataru Takahashi

公開日:2026年10月7日

大学を卒業してからの24年間、ずっとセールスの仕事をしてきた。

その始まりが、吉田カバンだった。

新卒で吉田カバンに入社したきっかけは、「一針入魂」という企業理念だった。

もともとPORTERは知っていた。木村拓哉さんがドラマでTANKERを使っていたのを見たこともあったし、就職活動をする中で会社について調べれば調べるほど、ものづくりへの考え方に惹かれていった。

当時、会社のHPを見ても新卒採用の情報が見つからなかった。そこで、自分で会社に電話をして、応募方法を聞いた。

内定が決まり、入社前には毎週土曜日に丸の内のお店で販売研修があった。研修中、先輩に言われた言葉がある。

「憧れと現実は違うからね」

入社してみると、もちろん華やかなことばかりではなかった。

まだ少数精鋭で、上下関係もしっかりしている、いわゆる「ザ・会社」みたいなところもあった。当時の僕は、世の中を舐めていたところもあった。そんな僕に、先輩たちは仕事の基本や、ものをつくることへの向き合い方を叩き込んでくれた。

僕は丸井を担当していて、毎週30個以上届く修理品を一つひとつ見ていた。

どう直すのか。修理代はいくらなのか。お客様がどう使って、なぜ壊れたのか。

先輩たちからよく言われていたのは、

「吉田カバンはファッション屋ではなく、鞄屋だから。鞄はちゃんと使えないとダメ」

という言葉だった。

当時の僕にとって「一針入魂」は、会社の中に当たり前に存在していた言葉だった。

一針に魂を込めるように、修理品だろうが何事に対しても気を抜かず真剣に取り組む。それがプロの集団たるものだと教わった。

僕が吉田カバンにいたのは、3年と1ヶ月だ。

入社して丸2年が経った4月1日、「一年後に会社を辞めてアパレルで働きたい」と思い、その日のうちにバンタンの資料を取り寄せた。

退職した時は、寂しさよりも、自分がやりたかったアパレルの仕事ができるという気持ちの方が強かったと思う。

その時は、まさか20年後にもう一度吉田カバンと仕事をすることになるなんて、一ミリも考えていなかった。

その後、doubletに関わるようになって、「doubletと吉田カバンが一緒に何かできないだろうか」と考えるようになった。

doubletの「真面目にふざける」と、吉田カバンの「一針入魂」。

一見すると全然違うように見えるけれど、どちらもものづくりに対しては本気だ。

3年ほど前、井野さんに話してみた。

返ってきたのは、

「いいね!」

くらいだったと思う(笑)。

正直、その時は井野さんも吉田カバンがどんな会社なのか、そこまで分かっていなかったと思うので、結構軽い反応だった。

でも僕は本当に実現させたくなって、吉田カバン時代に同じ部署でお世話になった松原さんに、突然DMを送った。

そこから一年ほど経って、ようやくコラボレーションが動き始めた。

実際に始まってみると、元吉田カバンの社員だからこそ、僕は少し心配でもあった。

井野さんには、いい意味でルールや先入観がない。

一方で吉田カバンは、どんなアイデアでも最後はきちんと「鞄」として成立させなくてはいけない。

最初の頃には、PORTERくんの顔そのものを使ったバッグのアイデアもあって、

「これはどうしよう……」

と思ったこともあった(笑)。

でも打ち合わせを重ねるうちに、吉田カバンのチームも「できない」で終わらせず、どうしたら実現できるかを考えてくれるようになった。

「僕らもなるべくdoubletさんの想いに応えたいので、できる限り頑張ります」

そう言ってもらった時、会社と会社というより、一つのチームになってきたような感覚があった。

完成したバッグを見た時、「doubletらしくもあり、吉田カバンらしくもある」と思った。

そして、そのバッグがパリのショーで使われているのを見た時、最初は自分の個人的な想いから始まったものが、もう僕の手を離れて、「doubletとPOTRのもの」になったんだと感じた。

実はこの企画が始まった頃、僕は10年勤めた会社を退職して、フリーランスとしてセールスの仕事で独立したばかりだった。

だから正直に言えば、

「このコラボが自分の仕事になって、自分にも利益が出たらいいな」

という打算的な気持ちも少しあった。

少し前の自分だったら、

「このコラボレーションをつないだのは自分だ」

と外に向けて見せたかったと思う。

「あの時の自分を見返したい」みたいな気持ちも、どこかにあった。

でも、コラボレーションが進むうちに、そういう気持ちはだんだん小さくなっていった。

気づいたら、「自分がつないだ」とか「自分の利益になる」とかよりも、こんなに真面目にふざけた鞄が本当に出来上がったことが、ただ嬉しくなっていた。

誰かがこのバッグを持っていて、

「それ、どこの鞄?」

「POTRとdoubletのコラボだよ」

「へんてこだけど、意外とちゃんとしてるんだね」

そんな会話が生まれたら、それが一番嬉しい。

24年前、新卒で吉田カバンに入った自分に今のことを伝えるとしたら、

「いろいろな会社の中から吉田カバンを選んで入社した自分を褒めてあげたい」

と言うと思う。

同時に、

「たった3年だったけれど、もう少しその3年間を大切にすればよかったな」

とも思う。

当時は、辞めることが正解なのかなんて分からなかった。

今も、あの時辞めなければどうなっていたかは分からない。

でも、あの時辞めたから今の自分がいる。

そして、あの時会社から教わった「一針入魂」を、20年以上経って、doubletの仕事を通してもう一度感じた。

昔、修理品を一つひとつ見ながら、どうしたらまたちゃんと使える鞄にできるのかを考えていたように、吉田カバンの皆さんも、doubletの無茶なアイデアを「できない」で終わらせず、どうしたら鞄として成立するのかを考えてくれた。

その姿を見て、当時はあまりにも当たり前だった「一針入魂」という言葉を思い出した。

当時より今の方が、その言葉を強く感じている気がする。

人生って、何がどこでつながるか、本当に分からない。

今回の鞄を見て、そんなことを思った。