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欠点を消さずに
服にした

 
 

By Takumi Moriya

公開日:2026年8月7日

前回のプレジールさんに続き、今回訪ねたのは、「空気の糸」を使ったフリースづくりという挑戦を引き受けてくださった和歌山県の「青野パイル株式会社」さんだ。

パイル生地づくりを続けてきた職人さんたちが、どうやって「空気の糸」を生地へと形にしてくれたのか。デザイナーの井野とともに青野専務に話を聞いてきた。


編めないはずの糸

青野パイル株式会社 青野真朗専務取締役

「服にはできない糸だと思っていました」

「空気の糸」でフリースを編んでほしいという依頼を聞いたとき、青野さんはそう思ったという。

「空気の糸」とは、原料の一部に二酸化炭素を用いたPOM樹脂由来の糸で、doubletでは親しみを込めてそう呼んでいる。

青野さんは以前にも、別件で株式会社プレジールとは製造方法が異なるポリアセタール樹脂由来の糸を扱ったことがあった。その糸は伸縮性が全くなくカチンコチンで、機械にかけても「にっちもさっちも編めない」代物だったからだ。

doubletから持ち込まれた糸も同じようなものだと予想していたが、実際に届いたものを手に取ってみると少し違った。

「糸を見させてもらって、これなら編めるでしょうって話になったんです。普段使っているポリエステルやナイロンに近い感触だったんで、これならいけるかもと」


熱すぎたらカチカチ

「これなら編めるかもしれない」とスタートしたものの、実際の現場では大きな課題が立ちはだかった。一番大きかったのが「熱」の問題だ。

通常のフリースは、仕上げに高い温度(150度〜170度ほど)をかけて生地の形を安定させる。洋服にアイロンをかけて綺麗に整えるような工程だと思っていただくと分かりやすいだろう。

しかし、空気の糸には100度以上の熱をかけると硬くなってしまう性質がある。通常の方法で加工をすれば、カチカチの生地になってしまうのだ。

青野さんは加工工場へ、何度も念を押して伝えた。

「とにかく100度以上に上げないでくれ。固まってしまうから」

「はあ?」と驚く現場に細やかな温度管理を徹底してもらい、普段は使わない低い温度設定で、「空気の糸」を使ったフリースづくりが始まった。

糸の引っかかりや細かな糸切れなど、これまでの素材とは違う難しさに何度も向き合いながら、ようやく真っ白なフリース生地が編み上がった。


はぐれ者をつわ者に

ただ、この時点では青野さんも「ここからどうやって服になるんだろう?」と、あまりピンと来ていなかったという。

井野も当時を振り返り、「これをどう服にしようと思いながら、それ以上に『これが本当に空気からできてるんだ!』という嬉しさがあった」と話す。

そして次にぶつかったのが、「色」の壁だった。

空気の糸は染色が安定せず、高い温度もかけられないため、綺麗に均一に染めることが難しかった。

そこで発想を変えた。
「綺麗に染める」ことを目指すのではなく、染まりにくさそのものを服の表情にできないかと考えた。古着のようなムラのある風合いを目指して、顔料染めを行ってみたのだ。

すると、表面にしっかりと色が乗ってくれた。

顔料染めを施したことで、生地に独特のキュッとした縮みが生まれた。

染める前の真っ白な風合いからガラッと印象が変わり、味わいのあるヴィンテージのようなフリースに仕上がってきた。

染まりにくい。縮んでしまう。熱をかけられない。
これまでなら、どれもものづくりの上では「欠点」とされる性質だった。
それが今回は、この生地にしかない表情へと変わっていった。

その表情を見た瞬間、「よっしゃ、よっしゃ!」と井野が思わず声を上げた。


『これうちの生地、ちゃいます』

生地を編み上げて納品したら、そこで工場の仕事は一段落するのが普通だ。

けれど今回は完成した服を見てもらう機会があり、「おお、すげえ!」と青野さんは思わず声を上げたという。

「何も知らなかったら、doubletさんのフリースを見せられた時に『これうちの生地、ちゃいます』って言うと思います」と青野さんは笑う。

青野さん自身が「うちの生地じゃない」と思うほど、生地は大きく表情を変えていた。
作り手から出たその言葉は、この服にとって何よりの褒め言葉のように思えた。

その生地から、これまで見たことのない表情を、技術とアイデアで引き出すことができたのだから。

世の中にないものづくりに挑み、完成した一着を一緒に面白がって喜んでくれた青野さんの笑顔が、何より嬉しかった。


できないのその先

インタビューの後、実際に生地を編んでいる工場内を見学させていただいた。

今回のフリースを編んだ編み機の周囲には、白い糸が巻かれた筒が120本も並んでいて、その一本一本から糸が巻き取られ、少しずつ立体的な生地になっていく。

何台もの編機が動き、職人さんたちが真剣な表情で糸の状態を見守っている。

完成した生地だけを見ていると、その工程は目には見えない。けれど、そこには120本の糸が同時に動いていた時間と、人の手が確実に入っていた現場の景色がある。

このものづくりの空気感や面白さを、服を通して少しでも多くの人に知ってほしいと素直に感じた。

空気の糸を扱うのは簡単ではなく、数々の課題もあったが、そのたびに「できない」で終わらせず、「どうしたらできるだろう」と考えて乗り越えていった。

染まりにくさも、縮みも、熱への弱さも、この生地にしかない表情へと変わっていった。

空気の糸から生まれたフリースは、ただ新しい素材で作られているだけではない。「できない」の先で手を動かし続けた人たちの、目には見えない努力が、この生地には詰まっている。

「空気の糸」で編まれた天竺。
糸が生地になるまでの物語は、次の話へ。