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空気がビーズに
なりまして。

 
 

気体が固体になる。
もう4次元である。

By Yoko Ino

公開日:2026年8月13日

試験管。顕微鏡。白衣。ラボ。

私の頭にはそんな景色が浮かんだ。

Aircarbonの説明を初めて聞いたとき、正直いまひとつピンとこなかった。

メタンと空気を微生物が食べて、その細胞の中で素材ができるという。

そして最終的に、それがビーズになって私の手の上にある。

「空気からできたからかな。普通のビーズより軽い気がする」

たぶんそんな単純な話ではない。

でも、そう思うことにした。

気体が固体になった。

もう4次元である。


すべては一頭の牛から始まった。

Aircarbonの研究が始まったきっかけは、20年以上前に読んだ「ルーシー」という牛の記事だったらしい。

牛が出すメタンを、何か価値のあるものに変えられないだろうか。

そこから20年以上研究しているという。

すごい。

私は数週間の納期遅れだけで、かなり気を揉んでいた。

20年である。

しかも開発しているNewlight(Newlight Technologies, Inc.)の人たちは、

「まだ始まったばかりです」

と言っている。

ぎょえーーー!

一体どこへ行くつもりなんだ。

一回、目的地を詳しく教えてほしい。


未来の素材で、昔ながらのパールをつくる。

実は、最初からビーズをつくろうとしていたわけではない。

井野さんがNewlightに最初に連絡したのは、Aircarbonでつくられたレザーのような素材を見つけて、「これを服に使ってみたい」と思ったからだった。

しばらくして、その素材のサンプルが届いた。

箱の中には、お願いしていたレザーのサンプルと一緒に、小さなブレスレットが入っていた。

Newlightからのプレゼントだった。

Aircarbonでできた、パールのようなビーズのブレスレット。

井野さんはそれを見て、

「え、これも空気からできてるの?」

となった。

そして触った。

見たことのない、なんとも言えない質感だった。

すると、それまで使いたいと言っていたレザーの話はどこかへ行った。

「これで、見たことないアクセサリーつくりたい」

急である。

でも、井野さんいわく、

「こういう予定していなかった素材との出会いに、一気に想像を持っていかれる瞬間がある。それがデザイナーをやっていて、本当に幸せだと思う」

らしい。

かくしてAircarbonをビーズにして、パール風アクセサリーをつくることになった。

私はこの組み合わせが好きだ。

空気やメタンから生まれた未来の素材を、昔ながらのパールジュエリーにする。

カリフォルニアの科学者。

日本の職人さん。

doublet

全然違う場所にいる人たちが、一つのネックレスの中で、ふいに交わる。

オムニバス小説みたいだ。

ちなみにビーズは乳白色だった。

一頭の牛から始まった話だと聞いてから見ると、

ちょっと牛乳っぽくも見えてきた。

人間とは単純なものである。


未来の素材にも、納期はある。

もちろん、きれいな話だけでは終わらない。

今回欲しかったサイズのビーズを、私たちが必要な数だけ量産する方法が、Newlightにはまだなかった。

金型からつくり直すことになった。

ありがたい。

本当にありがたい。

ただ、私の本音としては、

「環境に良い未来の素材であっても、納期が遅れると普通に困る」

とも思った。

未来に生きていても、締め切りは現在にある。

それでもNewlightは途中で投げ出さず、最後までつくってくれた。

日本の職人さんたちも、遅れた時間を少しでも取り戻そうと毎日のように相談してくれた。

一つの小さなアクセサリーの向こう側に、思っていた以上にたくさんの人がいた。

ものづくりは、一人ではできない。

当たり前だけど、こういうときに改めて気づく。


「なんか普通になった?」事件。

最終的なビーズは、最初のサンプルより少しクリーム色になって仕上がってきた。

最初に見た私の感想は、

「え! なんかある意味、普通になっちゃってない?!」

だった。

バイヤーの人たちに見てもらっていたサンプルとも、少し見え方が違う。

これは大丈夫なのだろうか。

私は井野さんに相談した。

確かに色は変わっている。

でもそれは、Newlightが量産に向けて試行錯誤して、今回だけではなく、この先も同じような注文に対応できる方法を考えた結果だった。

井野さんは、

「だったら、このクリーム色を今できる一番いいものにしよう」

と言った。

最初のサンプルをなんとか再現することより、これから先もつくっていける方法で生まれたものに向き合う。

「この色になっちゃった」ではなく、

「この色を、どこまで良くできるか」

を考える。

なるほど。

そう思ってもう一度見ると……かわいい。

しかも色が変わったのには、金型や成形条件が変わったという、ちゃんとした理由があった。

そう聞くと、

「なんか尊いな」

と思った。

適当にクリーム色になったわけではなかったのである。

予定どおりじゃないものを、予定どおりに戻すことだけがものづくりではない。

今できる一番いいものにする。

ものづくりでは、たまにそういう方向転換がある。


ダブレットエフェクトが起きたらいい。

一つのアクセサリーで、地球の環境問題が解決するわけではない。

そんなことはわかっている。

doubletみたいな規模の会社だからこそ、新しい素材に先に飛び込めるんじゃないか」

井野さんは、よくそんな話をする。

Aircarbonのような、まだ世の中で当たり前になっていない素材を使う。

当然、量産しようとすると今回みたいに「どうやってつくるんだ」ということも起きる。

それでも、私たちくらいの規模だからこそ、「やってみよう」と動けることがあるらしい。

そして、それをパリコレクションという、世界中のファッションに携わる人たちの注目が集まる場所で発表する。

井野さんが言うには、

「まず、こんな素材がもう今あるんだって知ってもらうだけでもいいと思う」

とのこと。

それを見た誰かが、次にその素材を使うかもしれない。

また別の誰かが使うかもしれない。

いつか大きな会社まで「これを使いたい」と言い出すかもしれない。

使いたい人が増えれば、素材をつくる側も、もっとたくさんつくるための次の挑戦ができる。

そうやって少しずつ目にする機会が増えて、

いつの間にか「未来の素材」なんて呼ばれなくなって、

ただの当たり前の素材になっていたらいい。

小さな動きが、その次の小さな動きを生む。

私は井野さんのそんな話を聞きながら、勝手に、

バタフライエフェクトならぬ、

ダブレットエフェクト。

と呼んでいる。

環境に良いから選ばなきゃではなく、

「純粋にこれ欲しい」

と思って買ったものが、実は空気やメタンからできていた。

そんな未来なら、ちょっと楽しそうだと思う。


このビーズには、誰の空気が入っているんだろう。

完成したアクセサリーを見ながら、ときどき変なことを考える。

空気やガスからできているということは、

昔、大切だった人や動植物が吐いた息も、ものすごーーーーく微量に、この世界の空気のどこかに残っているのではないか。

そして、その一部がこのビーズに入っていたりして。

完全に私の空想である。

科学者には訂正されるかもしれない。

でも、そう考えると少し楽しい。

Newlightの人。

日本の職人さん。

doublet

そして、このアクセサリーを身につける人。

みんながこの小さなビーズを通して、同じオムニバス物語の登場人物になる。

そうなったらいいなと思う。

そして最後に、

doubletって、気づけばいろんな人と、いろんなことやってるな」

と思ってもらえたら、

それで十分である。


Newlight Technologies / Aircarbonについて

Newlight Technologies, Inc.は、アメリカ・カリフォルニア州ハンティントンビーチを拠点に、Aircarbonの研究・開発・製造を行う企業です。本社と商業生産施設を同じ場所に構え、研究、エンジニアリング、製造を一か所に集約しながら、新しい用途の開発や量産化を進めています。

Aircarbonの研究が始まったのは20年以上前。Newlight Technologiesの創業者たちが、「Lucy(ルーシー)」という一頭の牛が排出するメタンについての記事を読んだことをきっかけに、「メタンを環境への負荷として終わらせるのではなく、価値のある素材に変えられないか」という問いが生まれました。

その後、海の中に存在する微生物の働きに着目。大気中へ放出されようとしているメタンと空気を微生物に与えると、微生物はそれらを取り込み、細胞の中でPHB(ポリヒドロキシ酪酸)という物質をつくります。それを取り出し、精製することで生まれるのがAircarbonです。この製造方法は、海の中で古くから行われている自然の炭素循環に着想を得ています。

現在Aircarbonは、ファッションに限らず、パッケージや耐久消費財など、さまざまな分野への展開が進められています。


Newlight Technologies, Inc.のCEO Mark Herremaさんとの

メールインタビューの内容はまた後日公開します。